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うごくメモ帳について 前編


 (稚い文章ではありますが読んでいただけると幸いです)


DSiのソフトウェアにうごくメモ帳というものがあった。

 

これはいわゆるアニメーション制作ソフトと呼ばれるもので、無料で簡易的な機能ではあるが最大999ページものパラパラ漫画(メモ)が描けるというものである。

 

このソフトの特筆すべき点と言えば、うごくメモ帳(以後、うごメモと呼ぶ)のユーザーは描いたメモを投稿して、そのメモを評価しあえるという「うごメモシアター」というサービスが運営されていたということである。

これにより、うごメモで制作したアニメーションを媒介にコミュニケーションが生まれ、うごメモシアターのサーバーを通じた交流の輪が出来たのだ。

 

ここまではニコニコ動画などの、作品を相互評価しあうことのできるサービスと同じであるように思われるが、うごメモニコニコ動画の決定的な違いは、その直感的な操作性にあると僕は思う。

 

まずうごメモを利用していたであろう主な年齢層から考えたい。

うごメモが配信されたのはDSiであり、うごメモを利用していた年齢層は小中学生であることは想像に難くない。

うごメモDSiという全年齢用携帯機のソフトなだけはあり、低年齢でも理解しやすい直感的な操作、描いたり消したりはもちろん、トーンの貼り付けや録音までもすることができる。

その利便性により思いついたアイデアを即座に具体的なものに変換できるのだ。

また、ほかの人の作品へのコメントや、主な評価の基準であった★をつけるというやり方も、理解のしやすさという点では一端を担っただろう。

 

では逆に、ニコニコ動画はどのようなものであるのだろうか。

 まず、うごメモが配信された2009年頃、いわゆるタブレット機種はまだ通流しておらず、ニコニコ動画はPCによる視聴が大多数であった。

しかしPCは小中学生、主に低学年頃の子供のPCの利用は家庭により制限されている所も多く、彼ら彼女らはこれを視聴するのはなかなか難しかったように思われる。

しかしながらDSiはまさに子供に買い与えられるものであり、使用する時間帯などの制限はあったかもしれないが、ほぼ自分の好きなように使用できたのではないだろうか。

さらに、動画を投稿する際の難しさもうごメモとは違う。

うごメモが直感的な操作でメモを投稿出来たのに対して、ニコニコ動画はPCの基本的な操作や、動画を作るための知識が必要である。

このとっつきにくさによって動画を自ら投稿する事はほぼなく、活動はコメントすることに終始されたと思われる。

(今でこそYoutuberや実況動画が広まったことによって、自ら動画を投稿し交流する下地が出来ているけども、2009年頃はなかったはず……)

 つまり、彼ら彼女らにとってニコニコ動画は、自らの行動によって他人と交流できるものではなかったのだ。


また、現在でこそ、任天堂で運営されているミーバース、2010年代前半から広く浸透したTwitterなどで気軽に交流できるが、うごメモが配信された当時(2008年)に小中学生がこのようなコミュニケーションの手段を持っていたとは考え難い。(現に僕がそうだったように)

 

これら事から、うごメモは、とっつきやすさもさることながら、あの時代の子供たちにとって唯一ネットでコミュニケーションが取れるサービスであったのだ。


ここまでうごメモの役割をコミュニケーションの場として話してきたが、オリジナルやn次創作などの自己顕示としての観点からも考察してみたいと思う。



(後編に続く……)